2011/02/09

『あなた自身のストーリーを書く』つなぶち ようじ/著



『名草戸畔 古代紀国の女王伝説』は、伝承保持者の小薮繁喜氏と小野田寛郎氏の心に映った古代名草地方の物語だ。この物語は、代々語り継がれてきた「口伝(くでん)」がベースになっている。
 こういうと簡単に原稿ができたようにみえるかもしれないが、最初は右も左も分からない状態だった。まず、はじめに、古代を思わせる祭祀が残っていないものか探してみたりもした。しかし、和歌山市・海南市には、古代を思わせる祭祀は壊滅的に見つからない。「日前神宮・国懸神宮(にちぜんじんぐう・くにかかすじんぐう)」の祭祀や「伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)」の粥の祭祀などもそう古いとは思えない。名草姫・名草彦を祀る「中言神社」からも目新しいものは何も出てこない。ナグサトベは縄文に遡る女性首長らしいが、「古代」を思わせる要素があまり出てこない。一体、ナグサトベとはどんな首長だったのか。何を根拠にナグサトベ伝承を捉えていけばいいのか。それを考える際の精神的支柱が組み立てられない状態だった。
 とにかく古代史全般の資料を漁って考えたあげく、「伝承(口伝=くでん)とは何か」、つまり土地に暮らす人の心が見た歴史、というテーマに行き着いた。



 原稿を大方仕上げてから、わたしは、あることがきっかけで、作家のつなぶち ようじさんの本を読む機会にめぐまれた。『ヒーリング・ライティング』(ヴォイス刊)と『あなた自身のストーリーを書く』(主婦の友社刊)の二冊だ。
 驚くことに、『あなた自身のストーリーを書く』には、名草戸畔の原稿をまとめる際、苦心惨憺して出した結論とよく似たことがたくさん書かれていた。

『あなた自身のストーリーを書く』は、前著の『ヒーリング・ライティング』の続編にあたる。『ヒーリング・ライティング』は、心にふと浮かび上がってきた言葉で文章を書いてみると、自分でも思いも寄らなかった自分の本心が見えてくるという文章講座。決して上手い文章を書くテクニックを養うためのものではない。「ふと浮かび上がってきた言葉」には、自分自身でもわかっていなかった心が現れてしまうため、底知れぬ深さや恐ろしさがある。この本は、そんな自分の心に向き合い、内面をみつめることが目的だ。自分の本心には、自分でも目をふさいできたトラウマや不安など見たくないものも含まれている。その言葉の中に、自分の心の闇も光も慈しむきっかけをつかもうというのだ。『あなた自身のストーリーを書く』は、「自分史」を書く中で、同じように自分をみつめていこう、という内容だ。
 一見すると、ナグサトベ伝承とはあまり関係ない文章講座の本に見えるが、「自分自身の物語を書く」というテーマは、口伝や伝承とも関係がある。

 「自分史を書く」目的のひとつとして、つなぶちさんは以下の点を挙げている。

自分のそれまでの人生に意味を与えることで豊かな人生を歩んできたことを再確認する。(『あなた自身のストーリーを書く』より)

 以下に原稿の一部を抜粋させていただく。

 何かが起きたとき、人は自動的にそのことについての判断や解釈をしています。その判断や解釈は経験や立場によって違うのにもかかわらず、あたかも自分の下した判断や解釈が唯一のものであるかのごとく思い込んでそしてしまいがちです。そして、その判断や解釈によって自分のまわりについての物語を組み立てていきます。あたかもそれがまごうことなき事実かのように思い込んで。つまり、自分が真実だと思い込んでいるできごとも、立場や見方を変えれば、虚構のように見えてくることがあるのです。自分の中で組み立てられている物語のすべてが事実の集積なのではなく、自分の判断や解釈が節々にあり、立場や見方によって物語も姿形を変えてしまう可能性があるのです。だからこそ自分史を書くということは、自分が見てきた物語を書くということなのです。

 自分の物語とは、自分が見て解釈した世界なのだ。世界は自分の心でしか見たり解釈したりすることはできない。その世界をありのままに描くことができれば、それがその人にとって真実の物語である。
 伝承は一個人ではなく共同体で共有されている物語だが、自分が見て解釈した世界という意味で、本質的に自分史と変わらないように思う。
 小薮繁喜氏は、名草山の古墳には、代々のナグサトベが埋葬されているのではないかと推測している。そして名草山の麓、三葛地区に生まれ育った自分はナグサトベの子孫で、いつもトベに見守られているように感じている。ナグサトベの首級を祀ると伝承されている「宇賀部神社(おこべじんじゃ)」出身の小野田寬郞氏は、自分はナグサトベの子孫ではないかと考えている。つまり「自分」と「ナグサトベ」は一体のものとして、自分のなかの物語に生きている。しかも、一人の頭の中から生まれた想像ではなく、先祖代々、または土地ぐるみでこの物語は共有されている。伝承(口伝)は、その土地に暮らす人たちの思いを内包したものなのだ。

『あなた自身のストーリーを書く』は、自分の心に映る物語を肯定することで、自分を見つめなおし、豊かに暮らしていく方法を模索している。小薮氏と小野田氏のナグサトベ伝承に対する思いも、何にも替えられない「自分自身のストーリー」なのだ。

2 件のコメント:

  1. 切磋琢磨して名草を書いた方法が
    この本とシンクロしてるんですね。

    こうした本に出会えると、
    自分は正しかったんだ、と
    少しは安心出来ますね。

    返信削除
  2. ほんと、シンクロですね。

    返信削除