2011/12/04

妖怪とスプーと金壺堂〜前編〜

甲田 烈先生と出会ったのは、2011年6月30日。代々木上原の閑静な住宅街に佇む「金壺堂(きんこどう)」というカフェだった。美味しい韓国薬膳茶を出すお店だ。暑い日だったが、庭の緑を通ってきた自然の風が心地よく、クーラーはつけていなかった。その日は、友人たちと薬膳茶をいただこうと「金壺堂」に集まっていた。お茶は、ほんのり甘くて美味しかった。薬膳素材が暑さを和らげているようだった。

 甲田先生は、友人に誘われて、このカフェにやってきた。わたしは名刺を渡し、裏側を見ていただいた。裏には『スプーの日記3巻 地下鉄の精霊』の挿絵がプリントしてある。ぼんやりヘビのような姿をした精霊の絵だ。自己紹介は絵を見てもらうのが一番手っ取り早い。
「じつは、今日、大学で妖怪の講義をしてきたんです」
 名刺の絵を見た途端、甲田先生はそういって、授業で蒐集したという妖怪目撃談のコピーを取り出した。その日は、相模女子大学で妖怪の講義をしていたそうだ。なんと哲学をはじめ妖怪学の研究などもされているという。名刺の絵に反応してくれたのは、そういうことだったのか。
「そういえば、東北にある座敷童のいる旅館が火事になったそうですが、座敷童はどうなったんでしょう」
 わたしは、なんとなくそんな話をはじめた。すると「座敷童は別の家に逃げたらしいですよ」と甲田先生。ふつうに座敷童の話が通じるとは嬉しい限りだ。妖怪感度抜群なのだ。それから話題は怪談や民話へと流れていった。
「怪談は、書きすぎないのがいい。これだけ? っていう感じの終わり方で…」
 甲田先生は、そんなことを言った。
 まったく同感だった。怪談や民話の聞き取りは、話者が体験した不思議な出来事の「印象」がシンプルに書かれていて未完成な感じがする。オチがない話も多い。この未完成の面白さがわかる人は、わたしの身近にはあまりいなかった。ところが、その日初めて出会った甲田先生は、わたしがいつも思っていることを、ふつうのこととして理解しているようだった。妖怪や不思議なものたちは、こうした民話に現れているように、日常の中に存在している。はっきりとした形が見えるワケじゃないけど、それらは「在る」。送り狼、幽霊、河童、話題は尽きなかった。

 それにしても、わたしは未だかつて『現代民話考』や『新耳袋』をこんなに読み込んでいる男性には出会ったことはない。たまたまかもしれないが、わたしの身近な男の人は、怪談や民話にはノーリアクションか、やたら怖がることが多かった。怪談好きは、中学生の女の子の感性をそのまま引きずったような女性が多い。怪談、民話などの大地に根ざした世界観を好むのは女性的な感受性で、マッチョな男性ではないように思う。しかし甲田先生は哲学者でもある。哲学はどちらかというと論理的で男っぽい印象だ。わたしは哲学にはあまり詳しくはないのだけれど、例えばインド哲学に、「人はどうして壺を壺と認識できるのか。壺を割るとバラバラの破片になる。破片は土でできている。壺の形をしているものを人はツボと認識するのであって云々」という話がある。普通、どうして壺が壺に見えるのか、わざわざ考える人はいないだろう。哲学とは、物事の前提を疑いゼロから問い直して行くことで、「思考」そのものに迫っていく学問とでも言えばいいのだろうか。一見すると、論理的な哲学と妖怪は結びつかない感じがする。
 なぜ哲学者が妖怪好きなのか? 多くの謎を残し、その日の楽しい妖怪談義は幕を閉じた。
 それからというもの、たびたび、不思議な妖怪博士、甲田 烈先生とお話しする機会を得た。哲学と妖怪のつながりは、後日、井上円了の妖怪学によって、あっさり氷解することになる。続きは後編で。

12月8日には、想い出の「金壷堂」にて、『スプーの日記』展オープニングイベントとして、甲田烈先生と対談をおこないます。みなさん、ぜひいらしてください。

【オープニングイベント】
哲学者・甲田烈×なかひらまい対談
「魔法とモノノケの裏表~『スプーの日記』の世界で遊ぶ~」
12月8日(木)19:00開演
参加費:600円+スプーの薬膳ハーブティーセット800円
参加申し込み:03-6804-9044(金壷堂)
メールお申し込み:info@kinkodou.com
http://kinkodou.com/index2.html

【スプーの日記2011〜ありがとう!またまたアンコール展】
会期:2011年12月8日(木)〜15日(木)12:00〜19:00
会場:代々木上原・金壺堂(きんこどう)
入場料:スプーの薬膳ハーブティーセット800円
(紫色の薬膳ハーブティー、ポストカード、ハンドメイドクッキー付)
東京都渋谷区大山町43-9 NUMATA HOUSE2
tel:03-6804-9044
メールお申し込み:info@kinkodou.com
http://kinkodou.com/index2.html

甲田烈先生の著作はこちらです。
『手にとるように哲学がわかる本』甲田烈

1 件のコメント:

  1. とっても良い感じでしたね。
    絵の解説をみて、あらためて、そうなんだなと思いました。

    ちなみに、物心相関の話ですが、地下水や水道管を発見するのに水道局の人はリーディングを使いますが、これも微妙に筋肉が動かしているわけです。
    これは身も蓋もないというわけではなく、そういった場からの影響が個人の身体を通し現れているということで、先日の田中先生の芸術家が書かされているというのと同じなわけですね。

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