先日、兵庫にお住まいのYさんからお電話をいただいた。お送りしたナグサトベの本が届いたのだ。Yさんからは、兵庫県「馬止神社」の貴重な資料を提供いただき、「名草戸畔顛末記」に記載させていただいた。
「わたしの住んでいるところにも口伝があって、村で守っているんです。小薮さんが台本を守ってきた下りを読むと、似てるなあと思って…」
電話の向こうから、Yさんの楽しそうな声が聞こえてきた。名草だけでなく、他にも口伝があるという話に、興味がわいた。
「口伝が? それはすごいですね」
「ええ、元は口伝だったものが筆写されて保存されてきたのです。それを母が借りてきて書き写したものを、わたしがパソコンに打ち込んでデータにして、ウェブサイトにアップしました。読んでくれた方から感想や『自分の住む町にも伝説がある』というメールをいただくこともあるんですよ」
口伝の物語がいつの頃か筆写され、母から子へ受け継がれているという。村に伝わる物語が、そこに住む人たちに代々、守られているとは素敵な話だ。
さっそくYさんのウェブサイトを拝見すると、あった、あった。タイトルは
『掃部狼婦物語(かもん かか ものがたり)』。
ザッと目を通してみたが、昔の言葉や言い回しがそのまま書き写されているため、臨場感はあるが少し難しい。何とか冒頭を読んでみると、南北朝時代(十四世紀)に遡る物語であった。南朝が衰退したため、養父郡宿南の里へ逃れた掃部之助信季という人物の子孫に、田垣掃部がいた。第一章は、田垣掃部に到るまでの子孫の系譜から始まり、狼にまつわる物語が中心となっている。タイトルの「掃部狼婦(かもんかか)」はここから来ているようだ。全三章になる膨大な物語の中の、一章の一部を要約すると、次のようになる。
頃は永享七年(一四二九)、掃部と妻の綾女や子どもたちが気晴らしに花見に出かけた。ウドやワラビなどを摘んでいると、地の底から狼の呻く声が聞こえてきた。近くをよく見ると、山の中に古い鹿の落とし穴があった。綾女が下男に入り口の草を取りよく見るようにいった。下男がおそるおそる穴をのぞき見ると、深い穴に狼の親子が落ちていた。 弓矢で討ち殺そうという者もいたが、綾女は「狼のあやまりて穴に落ち入り苦しむを不憫とはとは思はずして、殺さんといふは、いかなる事ぞ」といって押しとどめた。狼は田畑に害をなす獣ではない。心優しい綾女は、殺すのは無益な殺傷と考えたのだ。綾女は狼に語りかけた。「下なる狼よく聞き候へ、われは掃部の妻なるが、その方が難儀を見捨てて帰るに忍びず、助け得させんと思ふなり。必ずあやまりて人に害をなし候ふな」 すると狼は光る目を閉じ、首をうなだれた。皆は獣が綾女の言葉を聞き分けることに驚いた。下男達が穴を掘って狼を助け出すと、狼は子を連れて林の中へ走り去った。 不思議なことに、翌年の掃部の田畑には、猪や鹿による被害をうけることがなかった。皆は、先年、綾女が救った狼の守護と言いあったという。 狼と人間の、持ちつ持たれつの関係が描かれた物語であった。「送り狼」など狼にまつわる民話は全国に数多く伝わっているが、ここまでドラマチックで面白い話はあまり読んだことはない。口伝によって系譜まで残されているため、掃部と綾女に実在感があるところも面白い。
『掃部狼婦物語(かもん かか ものがたり)』には、他にも、様々な物語が描かれています。みなさんもぜひ、読んでみて下さい。