アートラッシュウェブサイトにて、展示中の作品が掲載されました。以下のサイトから『こころの窓展』の「作品画像」をクリックしてください。
ARTS RUSH website
http://www.artsrush.jp/
他にも素敵な作品がたくさんあります。お時間がありましたが、ぜひ、見に来て下さい。
2011/03/29
代官山アートラッシュ『こころの窓展』明日30日スタート!

代官山アートラッシュ『こころの窓展』に参加させていただけることになりました。企画展の参加は初めてです。素敵な作品を作る方達に囲まれて楽しいです。わたしは「精霊モーピー」の水彩画と粘土人形を作りました。展示のスタートは明日30日です。作品は販売もしています。みなさまもぜひ、あそびにきてください。
なかひらまい在廊予定日:3月30日(水)午後少し 3日(日)14時ぐらいからしばらく 6日(水)17時〜18時ぐらい 10日(日)14時ぐらいからしばらく
アートラッシュ企画展Vol145 『こころの窓展』
3月30日(水)〜4月11日(月) 11:30〜20:00(月曜日17:00まで/火曜定休)
代官山アートラッシュ
入場無料
【参加作家】新井恵子(アクセサリー&造形)岡沢 幸(版画)、カワチ・レン(イラストレーター)、ビーズ織りヒロ(アクセサリー)、藤井春日(フォトグラファー)、なかひら まい(絵画&造形)、Myu(七宝)
2011/03/27
スプーの展示、最終日の奇跡

本日2011年3月27日、原宿デザインフェスタ・ギャラリーでおこなった"Sput meets Sput"〜スプーの日記 新作絵画展示が無事終了しました。お忙しい中、お越しいただいた皆様、ありがとうございました。ドル・ロッフォさんのロングトールなアミグルミも好評でした。
帰り際に、なんと福島県会津若松から、この小さなアートピースの展示を見るために、バスを乗り継いで来て下さった方が見えました。高校生の頃から「スプーの日記」シリーズを読んでいたというのです。とても若い可愛らしい女の子でした。読み終わるのがもったいないから少しずつ読んでいた、ということです。涙が出ました。2巻が欲しいということでしたが、2日の展示だったため数を用意していなくて、すでに売り切れていました。大変申し訳なかったので、ポストカードをプレゼントしました。
スプーの世界は、わたしの手を離れて、読者の心に生きているようでした。一切の妥協をせず、好きに書かせていただいたトランスビューにも感謝です。
2011/03/25
大阪・和歌山遠征日記01(3月19〜20日)
東京に戻りました。簡単な日記です。
2011年3月19日
大阪で「古代を偲ぶ会」に参加。松木武彦教授の「吉備からみた邪馬台国」の講義を拝聴。松木先生は、古代に戦争が生まれた理由を解明した考古学者です。弥生時代以降、水田稲作によって食糧の貯蔵ができるようになり「富」が生まれた結果、争いが起こったというのです。この研究はNHK『日本人はるかな旅』のシリーズでも引用されています。わたしも大変勉強させていただきました。講義の前に古代を偲ぶ会の麻殖生剛一会長より、名草戸畔の本を、「神武東征について考えさせられる」とご紹介いただき恐縮でした。講義の後、なんと松木先生が名草戸畔の本を購入してくださいました。

その後、天王寺「瓦屋」にて、大阪で知り合った古代史マニアの皆さんと飲み会に行く予定でしたが、少し時間が余ったので、「神奈備にようこそ!」の瀬藤さんに近くの神社に連れて行ってもらいました。皆でぞろぞろ天王寺をあるき神社に到着。神社の名は迂闊にも忘れましたが、ご神木のクスノキがあり、最近、パワースポットとして話題になっている神社だそうです。その神社に、偶然、瀬藤さんの友人の 縁MADOKAさんがいらっしゃいました。MADOKAさんも飲み会に乱入。古代史漫談家(!?)だそうで、めちゃめちゃ古代史に詳しかったです。参加者は、瀬藤さんと、「豊中歴史同好会」の石尾さん、ハンドルネーム・ニオブさん、讃岐真言さん、和歌山在住のUさん、仕事で関西に来ていた巨石写真家の須田郡司さん、そして全国 29世帯しかいない名草姓をもつ名草さん、偶然お会いした縁MADOKAさんともう一人の方、なかひらの10人。濃すぎるメンツで古代史談義に明け暮れました。
その夜に和歌山へ。Uさんと一緒に電車に乗り、名草戸畔談義再開。Uさんは「中言神社」の近辺に生まれたそうです。最近、フリーダウンロードを読んで「中言神社」がこんな神社だとは知らなかったと驚嘆。「この本がなかったら自分が生まれた土地の伝承がなくなっていたかもしれない」と感激の様子。それで急遽、大阪の飲み会に参加して下さったというわけです。そういっていただければ、小薮さん、小野田さんも報われます。嬉しい限りです。Uさんには、その日泊まらせていただく予定のカンタ・デル・ソルまで車で送っていただき、お世話になりました。
3月20日
朝9時30分より、ホリスティックネットワーク事務局の阪東晃一さん、西本クリニックの西本真司先生とお会いしました。阪東さんは、冬野の名草神社縁の方でいろいろ興味深いお話を伺いました。阪東さんは、本を読んで下さり「和歌山に住んでいながらこんな伝承があるとは知らなかった。これは何としても広めなければ」と嬉しい反応。明治以降の歴史的な背景により、地元の人ですら知ることができなくなった伝承なので知らないのは無理はないです。とにかく、この伝承によって根元から和歌山の人が元気になると感じてもらえたようです。西本先生は、縄文の古代の歴史が蘇る時期というようなことをおっしゃっていました。名草戸畔の他にも、ユングの話などで盛り上がりました。
10時30分より、「ニュース和歌山」高垣善信氏より取材していただきました。高垣さんは、なんと「ロッキング・オン」4月号の松村雄策氏の原稿でこの本を知ったそう。高垣さんは、ディープな松村ファンだったのです。森内のこともご存知でした。不思議な縁を感じざる得ません。高垣さんより、「和歌山の人が読むと、地元を見る目が必ず変わる衝撃作」との感想をいただき、書いた甲斐があったと胸をなで下ろしました。やはり阪東さんたちと同じように、和歌山の人が元気になる、という感想をいただきました。想像以上のリアクションです。名草戸畔伝承がわたしたちの手を離れて、和歌山で動き出している感じがしました。
その後、阪東さんと昼食。本に書いていないディープな伝承についてお話しして盛り上がりました。有り難いことに大変要望が多かったため、書店に飛び込み営業も。阪東さんに、あちこち車で送っていただき、お世話になりました。
15 時すぎより、カンタ・デル・ソルお別れパーティでご挨拶。名草戸畔取材の際、大変お世話になったカンタのオーナーHさん、スタッフの皆さんに感謝を申し上げました。そして、つたないしゃべりですが、名草戸畔の本について簡単にお話させていただきました。既に本を読んだ方もまだの方も、たくさんの人に来ていただき、驚きました。その後、本を販売。イラスト付きのサインをしました。
美味しいカンタのご飯をいただきながら夜が更けていきました。丹生都比売神社にお勤めのKさん、海南市の加茂神社のKさんにも、久しぶりにお会いできて楽しかった。その夜は、連休のため宿が取れず、カンタに泊めていただきました。
2011年3月19日
大阪で「古代を偲ぶ会」に参加。松木武彦教授の「吉備からみた邪馬台国」の講義を拝聴。松木先生は、古代に戦争が生まれた理由を解明した考古学者です。弥生時代以降、水田稲作によって食糧の貯蔵ができるようになり「富」が生まれた結果、争いが起こったというのです。この研究はNHK『日本人はるかな旅』のシリーズでも引用されています。わたしも大変勉強させていただきました。講義の前に古代を偲ぶ会の麻殖生剛一会長より、名草戸畔の本を、「神武東征について考えさせられる」とご紹介いただき恐縮でした。講義の後、なんと松木先生が名草戸畔の本を購入してくださいました。

その後、天王寺「瓦屋」にて、大阪で知り合った古代史マニアの皆さんと飲み会に行く予定でしたが、少し時間が余ったので、「神奈備にようこそ!」の瀬藤さんに近くの神社に連れて行ってもらいました。皆でぞろぞろ天王寺をあるき神社に到着。神社の名は迂闊にも忘れましたが、ご神木のクスノキがあり、最近、パワースポットとして話題になっている神社だそうです。その神社に、偶然、瀬藤さんの友人の 縁MADOKAさんがいらっしゃいました。MADOKAさんも飲み会に乱入。古代史漫談家(!?)だそうで、めちゃめちゃ古代史に詳しかったです。参加者は、瀬藤さんと、「豊中歴史同好会」の石尾さん、ハンドルネーム・ニオブさん、讃岐真言さん、和歌山在住のUさん、仕事で関西に来ていた巨石写真家の須田郡司さん、そして全国 29世帯しかいない名草姓をもつ名草さん、偶然お会いした縁MADOKAさんともう一人の方、なかひらの10人。濃すぎるメンツで古代史談義に明け暮れました。
その夜に和歌山へ。Uさんと一緒に電車に乗り、名草戸畔談義再開。Uさんは「中言神社」の近辺に生まれたそうです。最近、フリーダウンロードを読んで「中言神社」がこんな神社だとは知らなかったと驚嘆。「この本がなかったら自分が生まれた土地の伝承がなくなっていたかもしれない」と感激の様子。それで急遽、大阪の飲み会に参加して下さったというわけです。そういっていただければ、小薮さん、小野田さんも報われます。嬉しい限りです。Uさんには、その日泊まらせていただく予定のカンタ・デル・ソルまで車で送っていただき、お世話になりました。
3月20日
朝9時30分より、ホリスティックネットワーク事務局の阪東晃一さん、西本クリニックの西本真司先生とお会いしました。阪東さんは、冬野の名草神社縁の方でいろいろ興味深いお話を伺いました。阪東さんは、本を読んで下さり「和歌山に住んでいながらこんな伝承があるとは知らなかった。これは何としても広めなければ」と嬉しい反応。明治以降の歴史的な背景により、地元の人ですら知ることができなくなった伝承なので知らないのは無理はないです。とにかく、この伝承によって根元から和歌山の人が元気になると感じてもらえたようです。西本先生は、縄文の古代の歴史が蘇る時期というようなことをおっしゃっていました。名草戸畔の他にも、ユングの話などで盛り上がりました。
10時30分より、「ニュース和歌山」高垣善信氏より取材していただきました。高垣さんは、なんと「ロッキング・オン」4月号の松村雄策氏の原稿でこの本を知ったそう。高垣さんは、ディープな松村ファンだったのです。森内のこともご存知でした。不思議な縁を感じざる得ません。高垣さんより、「和歌山の人が読むと、地元を見る目が必ず変わる衝撃作」との感想をいただき、書いた甲斐があったと胸をなで下ろしました。やはり阪東さんたちと同じように、和歌山の人が元気になる、という感想をいただきました。想像以上のリアクションです。名草戸畔伝承がわたしたちの手を離れて、和歌山で動き出している感じがしました。
その後、阪東さんと昼食。本に書いていないディープな伝承についてお話しして盛り上がりました。有り難いことに大変要望が多かったため、書店に飛び込み営業も。阪東さんに、あちこち車で送っていただき、お世話になりました。
15 時すぎより、カンタ・デル・ソルお別れパーティでご挨拶。名草戸畔取材の際、大変お世話になったカンタのオーナーHさん、スタッフの皆さんに感謝を申し上げました。そして、つたないしゃべりですが、名草戸畔の本について簡単にお話させていただきました。既に本を読んだ方もまだの方も、たくさんの人に来ていただき、驚きました。その後、本を販売。イラスト付きのサインをしました。
美味しいカンタのご飯をいただきながら夜が更けていきました。丹生都比売神社にお勤めのKさん、海南市の加茂神社のKさんにも、久しぶりにお会いできて楽しかった。その夜は、連休のため宿が取れず、カンタに泊めていただきました。
2011/02/22
今読んでいる本

本が好きで、いつも何冊も同時進行で読んでしまう。まだ積ん読本もあるのに、新しい本を見つけると買ってしまう。だから常に読みかけの本でいっぱい。同時進行で読んでいる本を全部読み終わるまで、少々時間がかかるので、今、たまたま読んでいる本や最近読み終わった本などを書いてみる。

『一神教の闇—アニミズムの復権』安田喜憲・著(ちくま新書)
読了。東南アジアやバリ、中国の先住民、日本列島の縄文人など、漁撈採集や稲作を営む母系&アニミズム信仰圏の人たちは、地球を破壊せず戦争も起こさず、幸せに暮らすことができることを環境考古学の視座から捉えた本。つまり名草戸畔(なぐさとべ)のような古代人の文化、価値観がいかに大切か、という内容。このまま放っておくと、地球はあと四十年ぐらいで温暖化が激しく進みメチャメチャになり、資源は枯渇し、人間は住めなくなるらしい。そうなる前に、アニミズムの復権を求める一冊。
しかし、この本を読むと、キリスト教やイスラム教などの一神教文化圏の人たちは、本当にアニミズムを理解できないらしいことがわかって驚愕した。アイルランドの日本研究者ですら、先住民の信仰を野蛮と考えているらしい。そういえば、わたしも以前、岩田慶治が調査したピー信仰の話をしたところ、「ピー信仰とはスピリチュアルか?」と言われたことがあった。この場合スピリチュアルとは、悪い意味でオカルトっぽい意味合いが含まれている印象があった。ピー信仰とは簡単に言うと、タイやラオスに根付いている土着のアニムズム信仰のことだ。タイやラオスの人たちは、山や川や海や空気などありとあらゆる自然物にピーという精霊が宿ると信じている。日本人が昔から八百万の神を自然に感じてきたのと同じように、誰もがそういうものが存在することを感じる感受性を普通にもっていると思う。特にオウム事件以降、スピリチュアル=オカルト的でうさんくさいものと解釈するしたい気持ちも分からないでもないが、それは本質ではない。著者の安田氏の怒りの根源も、そういったところにあるのではないだろうか。
『火の起源の神話』J.G.フレイザー・著
ほぼ読了。人間が火を手にするまでを描いた先住民の神話を集めた本。オーストラリア、ポリネシア、ミクロネシア、インドネシア、アメリカ大陸など。火は石や木の中に入っていると考える素朴な感性が素敵。

『中国の神話 天地を分けた巨人』君島久子・著(筑摩書房)
途中。かの有名な、天地を分けた巨人盤古など、中国の豊かな神話。
『日本「国つ神」情念史 清姫は語る』津名道代・著(文理閣)
途中。紀州の清姫伝説に、縄文の昔から、金属精錬の技を生かして自然と共に暮らしていた山の民の巫女的女王の面影を追いかけた一冊。銅鐸民を物部の文化(渡来人による文化)と考える歴史観とは大きく違う。わたしも鉄は更に古い出雲族の時代からあったと思う。縄文、鉄、修験を調べている人にはマストの一冊。
『幻想説話学』清田圭一・著(平河出版社)
積ん読本。読むのが楽しみ。
2011/02/18
満月のメールマガジン

今日、3月18日は満月。毎月、満月の日にメールマガジンを発行して、モーピーなどの待ち受け画像を配信しています。今回は2回目。次回はどんな絵になるのかなあ。
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2011/02/09
『あなた自身のストーリーを書く』つなぶち ようじ/著

『名草戸畔 古代紀国の女王伝説』は、伝承保持者の小薮繁喜氏と小野田寛郎氏の心に映った古代名草地方の物語だ。この物語は、代々語り継がれてきた「口伝(くでん)」がベースになっている。
こういうと簡単に原稿ができたようにみえるかもしれないが、最初は右も左も分からない状態だった。まず、はじめに、古代を思わせる祭祀が残っていないものか探してみたりもした。しかし、和歌山市・海南市には、古代を思わせる祭祀は壊滅的に見つからない。「日前神宮・国懸神宮(にちぜんじんぐう・くにかかすじんぐう)」の祭祀や「伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)」の粥の祭祀などもそう古いとは思えない。名草姫・名草彦を祀る「中言神社」からも目新しいものは何も出てこない。ナグサトベは縄文に遡る女性首長らしいが、「古代」を思わせる要素があまり出てこない。一体、ナグサトベとはどんな首長だったのか。何を根拠にナグサトベ伝承を捉えていけばいいのか。それを考える際の精神的支柱が組み立てられない状態だった。
とにかく古代史全般の資料を漁って考えたあげく、「伝承(口伝=くでん)とは何か」、つまり土地に暮らす人の心が見た歴史、というテーマに行き着いた。

原稿を大方仕上げてから、わたしは、あることがきっかけで、作家のつなぶち ようじさんの本を読む機会にめぐまれた。『ヒーリング・ライティング』(ヴォイス刊)と『あなた自身のストーリーを書く』(主婦の友社刊)の二冊だ。
驚くことに、『あなた自身のストーリーを書く』には、名草戸畔の原稿をまとめる際、苦心惨憺して出した結論とよく似たことがたくさん書かれていた。
『あなた自身のストーリーを書く』は、前著の『ヒーリング・ライティング』の続編にあたる。『ヒーリング・ライティング』は、心にふと浮かび上がってきた言葉で文章を書いてみると、自分でも思いも寄らなかった自分の本心が見えてくるという文章講座。決して上手い文章を書くテクニックを養うためのものではない。「ふと浮かび上がってきた言葉」には、自分自身でもわかっていなかった心が現れてしまうため、底知れぬ深さや恐ろしさがある。この本は、そんな自分の心に向き合い、内面をみつめることが目的だ。自分の本心には、自分でも目をふさいできたトラウマや不安など見たくないものも含まれている。その言葉の中に、自分の心の闇も光も慈しむきっかけをつかもうというのだ。『あなた自身のストーリーを書く』は、「自分史」を書く中で、同じように自分をみつめていこう、という内容だ。
一見すると、ナグサトベ伝承とはあまり関係ない文章講座の本に見えるが、「自分自身の物語を書く」というテーマは、口伝や伝承とも関係がある。
「自分史を書く」目的のひとつとして、つなぶちさんは以下の点を挙げている。
自分のそれまでの人生に意味を与えることで豊かな人生を歩んできたことを再確認する。(『あなた自身のストーリーを書く』より)
以下に原稿の一部を抜粋させていただく。
何かが起きたとき、人は自動的にそのことについての判断や解釈をしています。その判断や解釈は経験や立場によって違うのにもかかわらず、あたかも自分の下した判断や解釈が唯一のものであるかのごとく思い込んでそしてしまいがちです。そして、その判断や解釈によって自分のまわりについての物語を組み立てていきます。あたかもそれがまごうことなき事実かのように思い込んで。つまり、自分が真実だと思い込んでいるできごとも、立場や見方を変えれば、虚構のように見えてくることがあるのです。自分の中で組み立てられている物語のすべてが事実の集積なのではなく、自分の判断や解釈が節々にあり、立場や見方によって物語も姿形を変えてしまう可能性があるのです。だからこそ自分史を書くということは、自分が見てきた物語を書くということなのです。
自分の物語とは、自分が見て解釈した世界なのだ。世界は自分の心でしか見たり解釈したりすることはできない。その世界をありのままに描くことができれば、それがその人にとって真実の物語である。
伝承は一個人ではなく共同体で共有されている物語だが、自分が見て解釈した世界という意味で、本質的に自分史と変わらないように思う。
小薮繁喜氏は、名草山の古墳には、代々のナグサトベが埋葬されているのではないかと推測している。そして名草山の麓、三葛地区に生まれ育った自分はナグサトベの子孫で、いつもトベに見守られているように感じている。ナグサトベの首級を祀ると伝承されている「宇賀部神社(おこべじんじゃ)」出身の小野田寬郞氏は、自分はナグサトベの子孫ではないかと考えている。つまり「自分」と「ナグサトベ」は一体のものとして、自分のなかの物語に生きている。しかも、一人の頭の中から生まれた想像ではなく、先祖代々、または土地ぐるみでこの物語は共有されている。伝承(口伝)は、その土地に暮らす人たちの思いを内包したものなのだ。
『あなた自身のストーリーを書く』は、自分の心に映る物語を肯定することで、自分を見つめなおし、豊かに暮らしていく方法を模索している。小薮氏と小野田氏のナグサトベ伝承に対する思いも、何にも替えられない「自分自身のストーリー」なのだ。
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